
"3分で読める"シリーズの第2弾 DX(デジタルトランスフォーメーション)に関するコラムです。
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第9回:事例に学ぶDXの形 - 業界別に見る事例
はじめに
これまでの連載でDXの理論やフレームワークを学んできましたが、それらが現実のビジネスでどのように活かされているのかを知ることで、理解はさらに深まります。
DXは業界や企業の置かれた状況によって、その姿を大きく変えます。
今回は、日本の主要な産業分野における具体的なDX成功事例を取り上げ、各社がどのようにデジタル技術を活用して課題を解決し、新たな価値を創造しているのか、その最前線を見ていきましょう。
①製造業:スマートファクトリーと予知保全
製造業は、IoTやAIといった技術との親和性が高く、DXの先進的な取り組みが多く見られます。
- コマツ(建設機械)
DXの古典的かつ最も強力な成功事例の一つです。
同社は建設機械に「KOMTRAX」という独自の通信システムを標準搭載し、機械の位置情報や稼働状況、燃料残量といったデータを遠隔で収集しています。
このデータを活用することで、故障の予兆を検知してダウンタイムを防ぐ「予知保全」、盗難防止、さらには収集したビッグデータに基づく精度の高い需要予測や生産計画の最適化を実現しました。
これにより、コマツは単に機械を販売するメーカーから、顧客の現場課題を解決する「ソリューションプロバイダー」へとビジネスモデルを変革させたのです 。

- 予知保全の広がり
コマツの事例に代表されるように、工場内の設備にセンサーを取り付け、振動や温度などのデータを常時監視し、AIで故障の予兆を検知する「予知保全」は、多くの製造現場で導入が進んでいます。
これにより、突然の設備停止による生産機会の損失を防ぎ、メンテナンスコストを大幅に削減することが可能になります
②小売・流通業:データに基づく需要予測と顧客体験
消費者との接点が多い小売・流通業では、データ活用による業務効率化と顧客体験の向上がDXの主要テーマです。
- AIによる需要予測
イトーヨーカ堂やライフといったスーパーマーケットでは、過去の販売実績データに、天候、曜日、周辺のイベント情報などを組み合わせてAIに分析させ、特定商品の需要を高い精度で予測するシステムを導入しています。
これにより、欠品による販売機会の損失と、過剰在庫による廃棄ロスを同時に削減するという、長年の課題解決に取り組んでいます。

- 顧客体験の向上
スポーツ用品メーカーのアシックスは、「OneASICS」というロイヤリティプログラムやランニングアプリ「ASICS Runkeeper」を通じて顧客と直接的な関係を構築。
収集したデータを活用して個々の顧客に合った商品を提案することで、顧客のファン化を促進し、利益率の高いD2C(Direct to Consumer)の売上比率を大幅に向上させました。
③金融業:FinTechと新たなサービスモデル
規制産業である金融業界も、FinTechの波に乗り、DXを通じて新たなビジネスモデルの創出を加速させています。
- 丸井グループ(小売×金融)
百貨店事業の不振という課題に直面した丸井グループは、DXによって大きく業態を変革しました。
自社でクレジットカード「エポスカード」を発行し、ITを活用した独自の与信システムを構築。
これにより、従来の信販会社ではカバーしきれなかった若年層の顧客獲得に成功し、小売事業と金融事業が相互に顧客を送り合うシナジーを生み出しました。
これは、既存の資産とデータを活用して新たな事業領域に進出した、ビジネスモデル変革の好例です。
- りそなホールディングス(銀行)
銀行の各種手続きの多くをスマートフォンアプリで完結できる仕組みを構築。
顧客は店舗に足を運ぶ必要がなくなり利便性が向上する一方、銀行側も店舗業務の効率化やコスト削減を実現し、創出したリソースをより付加価値の高いコンサルティング業務などに振り向けています 。

④働き方改革:クラウド活用による業務変革
業界を問わず、DXは従業員の働き方にも大きな変革をもたらしています。
- リモートワークの実現
キヤノンのような企業では、Microsoft 365などのクラウドサービスを全社的に導入することで、従業員がオフィス内外を問わず安全かつ効率的に働ける環境を整備しています。

- プロセスの電子化
日本の伝統的な企業文化の象徴ともいえる「紙とハンコ」の文化からの脱却も進んでいます。
三菱UFJ信託銀行では、在宅勤務を阻害する要因となっていた紙ベースの帳票や押印プロセスを徹底的に電子化・ペーパーレス化することで、柔軟な働き方を可能にする基盤を整えています 。

これらの成功事例には共通するパターンが見られます。
多くの場合、まず「機械の故障を防ぎたい」「食品ロスを減らしたい」「紙業務をなくしたい」といった、既存のビジネスにおける明確で切実な課題を解決するためにデジタル技術を導入する「守りのDX」から始まっています。
そして、その過程で蓄積されたデータや構築されたデジタル基盤、育成された人材といった資産を最大限に活用し、
新たなビジネスモデルの創出や新たな顧客価値の提供といった「攻めのDX」へと展開していくのです。
この「守りから攻めへ」というステップは、自社のDX戦略を考える上で非常に重要な示唆を与えてくれます。
本コラムは次回で最終回となります。
最終回は12月18日(木)更新予定です。